鉛直動を考慮した斜橋の回転挙動の再現解析
解析全般 2023.07.041.はじめに
斜橋は地震時に回転する懸念があり,実際に2023年2月に発生したトルコ・シリア地震でも写真-11)のような落橋事例が報告されています.平井,川島,松崎2)は,支承が上下部構造とボルト接合,アンカーボルト等で強固に接続されていない場合,鉛直地震動の作用による桁の浮き上がりで回転角が増加し落橋しやすくなることを報告しています.前述のトルコ・シリアの被災橋梁においてもパッド型ゴム支承の使用が指摘されており,「桁の浮き上がり」が落橋まで至った回転変形の要因の一端と考えられます.平井,川島,松崎2)の研究では,我が国での鉛直成分で最大の強震記録の一つとして知られる「2008年岩手・宮城内陸地震(一関西観測点)」UD最大:+3.9G」を入力地震動として使用していましたが,本レポートでは,実務の耐震設計として使用することの多い兵庫県南部地震の神戸海洋気象台観測波を3方向入力し,斜橋の回転挙動の再現を実施することとしました.
2.斜橋の落橋過程
まず,斜橋の落橋過程を以下のように整理します.
① 支承部あるいは横変位拘束構造が破壊
図-1に示すように,水平地震動によって移動拘束機能を受け持つ支承のサイドブロックが上部構造との衝突で破断した後,支承部,台座部から上部構造が脱落します.なお,サイドブロックを有さないパッド型ゴム支承の場合は,わが国では,端横桁に水平力・上揚力に対して抵抗する沓本体とは別の構造を設置することが一般的ですが,トルコの被災事例では横桁の存在が確認されていません.
② 上部構造が橋座上を移動し,桁端衝突
支承部から脱落した後,上部構造は下部構造橋座コンクリート面上を移動します.ここで,橋台,段違い橋脚,あるいは隣接桁と衝突が発生します.
③ 回転の進行,橋座上からの離脱,支持状態が不安定に至った時点で落橋
図-2のように,桁端衝突による反発力と上部構造の慣性力が偶力となり水平回転が生じ,上部構造の鋭角側が橋座から逸脱しはじめ,桁かかり長を超過し,やがて上部構造を支持できる領域が小さくなり落橋に至ります.
3.解析条件
解析対象橋は前述論文2)と同じ斜角θ=50度,幅員d=9.75mの図-3に示す鋼鈑桁一連とします.桁は長さL=40m,総質量は468tonで,直接基礎を有する橋台によって単純支持されています.なお,図-4に示すように,回転可能な幾何学的条件を充分に満足する形状となっています.
解析モデルを図-5に示します.剛体回転を想定するため,上部構造は充分に高い剛性を与えた梁要素で離散化します.橋台部は弾性梁要素とし,その下端は固定条件とします.
橋座・上部構造端部間には図-6に示す摩擦要素を設けます.接触剥離・すべり連成を考慮できる節点ジョイントを摩擦モデルに使用します.『2.斜橋の落橋過程』に示すように,上部構造の回転挙動は支承部の破壊が前提であることから,固定・可動条件は考慮せず,左右どちら側も,橋座上を桁が移動する際に生じる摩擦のみを力学モデルとして扱います.水平変形モードの固有周期が0.4秒となるように,すべり方向の初期剛性を設定し,鉛直方向の初期剛性はその100倍としました.摩擦バネは5基の配置とします.斜橋の支点反力は鋭角側と鈍角側で異なりますが,ここでは無視し,合計死荷重を支承個数で除して得られた450kNを初期鉛直反力として考慮します. 摩擦係数は0.10で一定としますので,応答初期は0.10×450kN=45.0kNがすべり方向の上限値として考慮されることとなります.
さらに上部工の桁端部に図-7に示す衝突バネを支承線法線方向(x)に設けます.摩擦要素と同様,衝突バネも5基取り付けます.相対変位が接触側に桁遊間(x方向)SG=0.05mを越えると硬化する特性としています.
入力地震動は,図-8に示す兵庫県南部地震の神戸海洋気象台の観測波を使用します.但し,桁の浮き上がりの影響を把握するため,U-D成分は最大で1G程度となるように振幅調整することとします.橋軸方向(X方向)にE-W成分,橋軸直角方向(Y方向)にN-S成分,鉛直方向(Z方向)に振幅調整したU-D成分をそれぞれ3方向同時入力します.
比較対象のため,計算は「鉛直動入力を考慮したケース」と「水平動のみ入力のケース」の2ケースを実行します.
鉛直動入力を考慮したケースでは,支点の鉛直反力の変動にしたがい,摩擦の抵抗上限値が変化しますが,「水平動のみ入力のケース」では,抵抗上限値は初期の45.0kNで一定となります.
4.計算結果
鉛直動入力を考慮したケースの時刻歴応答結果を図-9,図-10に示します.図-10(a)の通り,合計5回の桁衝突が発生し,その衝突の度に図-10(b)のように回転角が累加することがわかります.特に5秒付近で回転角が増加していますが,これは図-11に示すように,5.14秒の桁衝突と,鉛直地震動によるアップリフトのタイミングが一致し,支点反力がゼロとなることで摩擦力がゼロとなり,衝突の反発作用中に回転が大きく進行したためと考えられます.
水平動のみの入力ケースを図-12に示します.鉛直動を考慮したケースと異なり,図-12(a)に示すように5回の桁衝突が生じますが,図-12(b)の通り,鉛直動を考慮したケースのような5秒付近の衝突での大きな回転変形の進行がありません.これは,図-12(c)に示すように,上限値45kNの摩擦力が安定して作用するためと考えられます.
最大回転角は,鉛直動入力を考慮したケースで2.9度,水平動のみ入力ケースが2.1度で,鉛直動を入力し桁の浮き上がりを考慮することで約4割,回転変形が大きくなることを確認しました.
次に上部構造が橋台上に支持される領域が最も低下したステップでの変形図を図-13,図-14に示します.なお,桁かかり長は道路橋示方書の規定にしたがい,0.7+0.002×L=0.9mとし,支持領域を評価しました.水平動のみ入力のケースでは,図-14に示すように左右橋台で支持領域を有するものの,鉛直動入力を考慮したケースで図-13の通り,A-B側でほとんど支持領域が無く,鋭角側A点からの上部構造の逸脱,落橋の可能性があります.
5.まとめ
今回,神戸海洋気象台の観測波で,最大1.0Gとなるように振幅調整した鉛直地震動を入力しましたが,落橋レベルの回転変形の発生を確認できました.
道路橋示方書に準じた設計では,支承と上下部構造の接続が強固で,さらにレベル2地震動に抵抗できる横変位拘束構造が設置されますので,落橋防止システムの最後のフェイルセーフである桁かかり長が問題となる可能性は極めて低いと思われます.但し,想定外の状況で,支承部,変位制限のための構造が破損し,入力する鉛直動の振幅や位相によっては,桁の浮き上がりの影響で,上部構造の回転挙動進行し,橋座からの逸脱・落橋の可能性があることがわかりました.